インターネットに書いてある情報は正しいのか間違えなのか

 

インターネットに書いてある情報は正しいのか、間違えなのか。

 

インターネット上にはそれはそれは大変な量の情報があります。果たしてそれらは本当に正しいのでしょうか?

 

ダイエットの方法

フォロワーを増やす方法

稼ぐ方法

筋トレ方法

 

などなど。

 

答えは、情報の真偽は出ている結果をみて、自分で判断するしかないです。

ちょっと考えて見ましょう。

 

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真実って何?

真実と言っても定義は様々です。wikipediaでは、

真実は事実と同様で、皆が一致する一つの場合もあり、人それぞれに複数存在する場合もあるが、一般的には、他者との関係性を前提に社会で合意して共有できる皆が一致する、より公的で社会性を有する事柄を真実と言う。

真実 - Wikipedia

だそうです。事実と同様なんですね。

 

また、事実は一つで、真実は複数ある。とも言ったりします。

つまり事実は本当に起こったことで、客観的に見て起こった出来事。

真実は個人的な主観と言ったりもします。

 

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実験結果はとりあえずの仮定である

その事柄が本当のことか確かめる為に研究者は研究をします。

何度も実験しみんなが納得する同じ結果を得られれば、それは事実として世界に広がり、私たちもその情報を知り、知識を得ます。

 

でも、それも今現段階の話でしょ?

私たちの体も、地球も我々が知らないことばかりです。

そのわずかな知識の中で研究が行われ実証されているわけですから、実際に私たちが見えているのは表層だけかも知れないのです。

実際に脳科学なんて、常に今までの説が覆ったなんてことよくありますよね?

 

知識についての小話

突然ですが問題!これはなんでしょうか?

 

 

 

 

わかりましたか?分からなかった方にヒント!

 

ここに面白い話があります。わたしたちはまさにこんな感じです。

お釈迦さまのお弟子の一人が托鉢(たくはつ)に出ようとした時、お釈迦さまに呼び止められ「町に行って何か尋ねられても、教えのことだけ話してきなさい」と言われました。そして、こんな話をされたのです。

むかし、ある国の王さまが町中の盲目の人を集め、大きな象に触らせてみました。すると彼らは、鼻や尻尾・足・耳などの一部分だけをさわって、象の姿を思い浮かべたのです。

そこで王さまが、象とはどんな動物かを聞かれると、ある者は大蛇のようだと答え、ある者は細い縄(なわ)のようだと答え、またある者は大きな臼(うす)のようだと答えました。

こうして十人十色の答えが出ると、自分の答えこそ正しいと思い込んでいる彼らは、皆で言い争いケンカを始めてしまったのです。

「盲目の人たちは、象の一部分を知って全体を知らなかったために、言い争いをすることになった。これと同じで、少しの知識だけで何でも知っていると思い込んだ者が、世の中には大勢いる。そういう者たちと言い争ってはならないよ」

お釈迦さまは、そのお弟子をこのように諭(さと)されました。

盲目と象

 

 

ということで答えは象でした。

 

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それが真実かどうか試してみよう、もしくは真似しよう

といっても科学的な結果は現段階の話にせよ、ある程度信用できます。実験の結果ですから。

そこに感情や個人的都合は存在しません。

ただ、たまに有名になりたくて結果を偽造する人もいるので結局どうやねん!っていう話ですが。

 

正しい情報を得て理想の結果を得るには

結局のところ、私たちが正しい情報を知りたがるのは、その情報を得て何かの結果を得たいからですよね?

ダイエットの方法、筋トレ、健康など。

じゃあどうしたら本当の事をしれるのかといったら、その方法は簡単です。

 

真似する

出したい結果があったらその結果をすでに出してる人がいます。

あなたが前人未到の領域を進んでいない限り。

結果が出ているということは、とりあえず事実なので、その方法を真似すれば同じ結果が得られるということになりますね。

 

試す

なにか情報を得たら試して結果がどうなるか見てみるんです。当たり前ですが、情報をやたら集めてるより早いし結果がすぐでますね。

 

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まとめ

ということで、インターネットの情報の真偽は結果をみて、自分で判断するしかないでした!

自分で考えて行動するしか分からないのです。

ちょっとYahooニュースやfacebookの情報を読んで、世界の真理を得たように発信するのは恥ずかしいのでやめましょう。そしてそれを簡単に信じ込むのはもっと恥ずかしいし、なにより世界の為にも良くないです。

 

かといって、私は真実を知らないから何も発言できない。ではなく、自分の経験、考察に基づいて発言しましょう。

そこからは、お互いに考えればいいわけですから。

自分の意見にも固執せず柔軟に。