悩みを消す即効薬『慈悲の瞑想』を実践しよう

慈悲の瞑想で安らかな日々を送る。その方法

 

朝起きた瞬間から悩みが頭をもたげる。。。

やる気が出ない。。。

常に心にモヤモヤがある。。。

 

ここで書くのは、即効性のある瞑想法です。

瞑想というか考え方ですね。

 

ここでは、アルボムッレ・スマナサーラ僧の著書『自分を変える気づきの瞑想法』を元に書いています。

 

この本は心の動き、悩みの原因などをいたって仏教の教えに沿い、科学的と言いますか、スピリチュアルな要素をまったく含めず書いています。

というか、もともと仏教はそういう『心を科学する』ものだったのですね。

ここでは、入り口として簡単に説明していますので、是非本を読んで学んでください。

 

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慈悲の瞑想とは

『自分を変える気づきの瞑想法』に書かれていますが、本当に悩みを消すのにはヴィパッサナー瞑想と言う瞑想方法を実践し、長年かけて育てていくものです。

 

しかし、その訓練には時間がかかりますので、その効果がでるまで苦しい時間を過ごさなくては鳴りません。途中でいやになってしまうかもしれません。

ですので、その間に行うのが慈悲の瞑想です。

 

病気の治療に3年かかるとします。そうすると3年間は、まだ苦しみ続けなければなりません。それではつらいので、治療している間の苦しみを和らげるのが、この「慈悲の瞑想(慈しみの瞑想)」です。

「慈悲の瞑想」はどんな悩み苦しみにも効く万能薬。やればすぐに結果が出ます。ですが、やめてしまうと結果もなくなる応急手当の瞑想法です。ですから、毎日、続けてやる必要があります。

(『自分を変える気づきの瞑想法【第3版】: ブッダが教える実践ヴィパッサナー瞑想』(アルボムッレ・スマナサーラ 著)より)

 

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わがままな私たち

わたしたちはみんなワガママです。

人が気に入らないのも自分の思うどうりに動いてくれないからです。

たしかに、考えるとそうですよね。

勝手に人に期待したり、裏切られたような気分になったり。。。

完全に自己中です。

 

すべての生命は自分のことしか考えていません。

よい・悪いではなく、自分のことしか知りません。

人のことは知りません。

自分の主観で物事を見ているのです。

 

自分の主観、自分の判断で行動すると、他人に迷惑をかけることが多々あります。

他人に迷惑をかけると人間関係が壊れ、結局は自分のためになりません。

自分の判断で、人のためにしたこと、親切のつもりでしたことが、相手にとってはとても気分の悪いことだったということがよくあるのです。

 

結果は最悪です。 人はよく「思うようにいかない」と言います。

「子どもが言うことを聞いてくれない」と言います。

先生は「生徒が言うことを聞いてくれない」と言います。

「子どものためを思って言っているのに」と言うのです。

「子どものため」「部下のため」「友達のため」「同僚のため」……相手のためにと、自分が下した判断が、相手の気持ちとずれているのです。

 

自分の主観で物事を見る癖をちょっと修正しなければ、確実に悪い結果につながります。

「我がまま」の心をちょっと直さなければなりません。

この「慈悲の瞑想」を実践すると、「我がまま」がどんどん消えてしまいます。

(『自分を変える気づきの瞑想法【第3版】: ブッダが教える実践ヴィパッサナー瞑想』(アルボムッレ・スマナサーラ 著)より)

 

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慈悲の瞑想の考え方

慈悲の瞑想は自分も、他の生物、無生物全てを慈しむことです。

相手に慈しみをもって接することです。

 

他人に無制限にやさしい気持ちを育てる。

これが慈悲の瞑想(慈しみの瞑想)の狙いです。

他人に無制限にやさしさを持てるようになると、他人からもやさしさが返ってきます。

人に対して怒ったら、相手も怒りで反応するでしょう?

殴ったら殴り返されます。

 

自分が何も悪いことをしていないのに、みんなが私にひどいことをすると平気で言いますが、それは嘘なのです。

自分から嫌な波動を出している、だから攻撃されているのです。

(『自分を変える気づきの瞑想法【第3版】: ブッダが教える実践ヴィパッサナー瞑想』(アルボムッレ・スマナサーラ 著)より)

 

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慈悲の瞑想の実践方法

別に写真のように座禅を組む必要性はありません。

朝起きて、ベッドの中でやっても大丈夫ですし、電車の中でやっても大丈夫です。

 

まず自分の幸せ

まず自分の幸せを願います。

自分が不幸では人を幸せには出来ません。

 

世界の幸せを願うことや、自分の具体的な望みなどはあとから出てくることです。

まず先に「私が幸せになりたい」「私が、幸福で、平和で安穏でいられますように」という基本的な気持ちを育てていただきたいのです。

この基本的な気持ちがあると、人は悪いことをしなくなります。

われわれの心の基本的なプログラムとして、「私が幸せであること」が、いちばん大事なのです。

そう覚えてください。

自分の幸せとは何でしょうか? 自分の幸せとは次の4つの土台で成り立っているのです。

 

❶自分が幸せであること。

❷自分の心に安穏があること。平和があること。

❸自分の心が安らぎを感じていること。

❹自分の心が常に喜んでいること。

 

そして、これらのことは次の4つの思いで成り立っているのです。

 

❶自分はみんなと仲よくしたい。

❷自分には、苦しみ、悩みがいらない。

❸自分の心に安らぎがあってほしい。

❹自分の心が喜びを感じていたい。

 

この4つが自分の幸せの基本です。

この4つを自分の心に言い聞かせてあげてください。

他のことはそんなに関係のないことです。

4つの土台を作るために、自分の心を、自分で育ててほしいのです。

(『自分を変える気づきの瞑想法【第3版】: ブッダが教える実践ヴィパッサナー瞑想』(アルボムッレ・スマナサーラ 著)より)

 

心のなかで唱える

声に出しても歌ってもよいですが、このように唱えます。

 

私は幸せでありますように

私の悩み苦しみがなくなりますように

私の願いごとが叶えられますように

私に悟りの光が現れますように

(3回繰り返し)

 

ここでの注意点は言葉を唱えるときに、

ああなりたいとか、こうなりたいとか、具体的に考えないこと です。

ただ、自分を慈しむ、大切に思います。

 

スマナサーラ僧も言っていますが、4行目の悟りの光は宗教的なものではなく、苦悩やストレスを断ち切って、素敵な生き方を送れますようにということです。

僕は悟りというと、あまりピンとこないので「素敵な人間になれますように」と言っています。

 

親しい人の幸せを願う

次は自分以外の周りの人の幸せを祈ります。

ただ、考え方に注意が必要なので引用しておきます。

言葉は私から、私の親しい人々になっただけです。

 

2番目のセットは、「善人になりたい」という気分で念じるとうまくいかない可能性があります。

ですから、ここで少々理解しておきましょう。

 

親しい人々とは、自分といっしょに生活するすべての生命のことです。

たとえば、あなたにとって「親しい人々」が家族だと思うのなら、家族が飼っているペットも親しい生命だということです。

あるいは、自分の友人たち、会社の同僚たち、クラブのメンバーなども、親しい人々です。

 

自分だけ幸せで、家族が不幸になったとしましょう。

自分の幸福も壊れるのです。家族が健康であっても、ペットが病気に陥ったらどうなるでしょうか。自分が悲しくなるのです。

やはり、親しい人々も幸福感に満たされているならば、自分自身の幸福がより強く安定します。

(『自分を変える気づきの瞑想法【第3版】: ブッダが教える実践ヴィパッサナー瞑想』(アルボムッレ・スマナサーラ 著)より)

 

ここでの注意点も、具体的にどう良くなって欲しいとか考えないことです。

子供の幸せを願うのに、もっと勉強が出来ますようにとかそういうエゴは省いて、ただ幸せを願います。

 

私の親しい人々が幸せでありますように

私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように

私の親しい人々の願いごとが叶えられますように

私の親しい人々にも悟りの光が現れますように

私の親しい人々が幸せでありますように     

(3回繰り返し)

 

全ての生命の幸せを願う

今度はもっと心を広げます。

全ての生命。でかい。。。

ここでも、その考え方を引用しておきます。

 

たとえば自分の服を見てください。

おそらく店で買った品物でしょう。

自分がそのような着心地のよい服を着られるようになるまで、どれほどの人々が携わったでしょうか。

自分の着ている一着の服を通して考えても、ただちに無数の人々の関係があって成り立ったものであると理解できます。

 

木綿の服なら、農業する人々も関わっているのです。

合成繊維の服なら、化学者、技術者なども関わりに入ってきます。

さらには機械を開発する人、機械を動かす人々、デザイナー、縫製に関わる人々などまで入りますから、とても数えられません。

 

このように考えれば、何とか「生きとし生けるもの」の概念を心に根付かせることができます。今のはほんの一例です。

無数のミツバチたちが必死で働くから、ハチミツが現れます。

無数の微生物のおかげで我々は生きています。

 

そのように、自分の命を支えるために、限りのない生命が関わっているのだと理解できます。

その生命が不幸に陥ったら、その生命の希望が失われてしまったら、生命のバランスが壊れてしまいます。

だからこそ、「生きとし生けるものが幸せでありますように」と真剣に念じるのです。

(『自分を変える気づきの瞑想法【第3版】: ブッダが教える実践ヴィパッサナー瞑想』(アルボムッレ・スマナサーラ 著)より)

 

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように

生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように

生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように

生きとし生けるものが幸せでありますように     

(3回繰り返し)

 

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まとめ

以上が慈悲の瞑想になります。

最初にも書きましたがここでは、入り口として簡単に説明しています。

慈悲の瞑想を扱うだけで、本一冊かけるほどの内容です。

ちゃんと理解していない、曲解していると逆効果にもなりますので、是非本を読んで学んでください。

 

本当に人生が変わる本です!

では、あなたの幸せを祈ってます♪